百合の花、一輪

2018年5月8日のこと。

その日は、一日なにごともなく、家で過ごしていたと思う。

夕方に近くのスーパーに夕飯の買い物にでかけて

食材の他に、大ぶりの百合の花を1本求めた。

その百合はとても大きな花をひとつと、蕾を4つつけていて、

花は私の顔よりも大きいくらいで、近づくと食べられてしまいそうだった。

買い物の最中だっただろうか、

私は信太に「今日、ちょっとやってみてもいい」ときいた。

「ピアノを弾いてもらってもいい?」と。

帰宅して、食材を冷蔵庫にいれて、百合を大きめの花瓶に活けた。

青い光が部屋の中に満ちている中で、信太がピアノを弾きはじめる。

私は集中してピアノの音に耳を傾けた。

うっすらと目をひらくと

私の顔の高さに活けた百合がこちらを見ている。

目を閉じて、ピアノの音に体を預ける。

ピアノの横に立ち、ゆらゆらと体をゆらしていると

突然、強烈な百合の香りの中に入った。

そして目の前に見知らぬ景色が広がっていることに気がついた。

青と白の黒の氷の世界だった。

凍りついた世界に、海とも湖ともわからぬ大きな水たまりが見えた。

私はその水たまりの上を猛スピードで飛んでいた。

どこまでも百合の香りがついてくる。

私は安心していた。

家族や、兄弟の顔が浮かんだ。

私は見えている景色に声を、言葉を当てていった。

どんどん景色が変わってゆく。

私は猛スピードでその氷の世界を飛び回り

氷の大地に着地した。

その時、右手には、百合の花が一本、握られていた。

そこで世界が閉じた。


ゆっくりと目をあけると、目の前でピアノを弾いていた信太はこちらをみている。

その目を見て、私は、「なにかがやってきて、去っていった」と感じる。

私の顔は濡れていた。涙が流れていたようだった。


最初の日はこんなかんじ。

私はこの日、歌を作ることを本当の意味で始めたと思う。

私はこの日、どこまでも、「ある」ということを知った。

尽きぬ「なにか」を体、体も通り越して、魂と呼ばれるところで体験したのだと思う。

Diary

人の日記を読むのが好きなので

日記は書くのも好き。

だけど、公開するものとなると

どんなふうにかいたらいいか

さぐりさぐり、やっている。

今日は仕事はじめの方が多かったと思う。

いろいろメールなど書く。

そして、noteに新しいマガジンを始めたり。

この二年間の歩みを、今書いておきたいと思って

ペースを作るためにも継続マガジンを始めてみた。

今日もたくさん書いた。

明日もたくさん書いたり読んだりしたいと思う。

この2年しっかり潜ったので、

書くことが山程ある、と感じている。

OPEN!

いつもより1時間早く起きて、メールを書く。

明日から世の中も動き出すのだろうと

年末から残してきた作業などをさくさく進める。

印刷したり、判子押したり。

朝ごはんはトーストとレタスだけの簡単サラダ。

昼はもち。

この時期はどうしてももちばかり食べてしまう。

夕暮れ時に、中華にたちより、レタスチャーハンとスープ。

夜ご飯にははやいので、おやつという位置づけ。

スタバで、さらに作業をすすめる。

終わったら、温泉へゆく。

昨日、収録したラジオを聞き返して編集する。

ライブがよかった!とふたりとも言いまくっている。

なんだか気恥ずかしいような気もするけど

自分でいまいちだと思うようなライブをするより

自分たちが最高だったと思うパフォーマンスをするほうがいいと思い

これでいいのだ。と思い直す。

パソコンに向かって書きまくる日が始まった。

これは、昨年の春から秋にかけてもあった。

そこでは12万字のものがたりをかいた。

今回はエッセイになると思う。

創作は本当にたのしい。

開くだけだった。

no one is reading

今日はとても良い日だ。春のような。

起きた瞬間からラップトップに向かってぱちぱち何かやっている。

書いている。歌っている。読んでいる。聴いている。

見ている。感じている。笑っている。感動している。

窓を全開にして、春みたいと言い合う。

日記を書こうと思いついてから、数年がすぎた。

今日はその数年分の日記への気持ちが吹き出している。

日々、自分のまわりにある、触れることができる、ここに

あるものに、集中したかったのだ。

人気とか、注目とか、他人のそういうこと

どうでもいいっておもってるんだ。私は。

自分のことに集中したい。

日記を書くのにいろんなサービスがあって、便利かも、と思っても

noteとかいろんなブロガーとか、SNSとかもぜんぶそうだけど

いらない情報や宣伝が多すぎる。

雑音が、多すぎる。

私はただ静かに書きたいだけなのだ。

と思っていたら数年が過ぎていた。

ここにこういうスペースを作ることができて

私はこれを書く手を止められない。

本当にうれしくて、うれしくて。

ただ、書いていいんだ。うれしい。

自分だけのなにかをこつこつと、積み上げることの喜び。

年末に都築響一さんのメルマガにエッセイをひとつ寄稿した。

お題があるものに、書くことが初めてだったから

最初はとても焦った。

引き受けたのに、書けないかも!と。

でも、書いた。

締切の日の夜に、クリスマスパーティーでさんざん飲んで

食べて、そして、夕暮れ時から昼寝をして、

2,3時間ねむっただろうか、そこから

ムクリと起きて、私は書いた。

二度と行けないお店というテーマで、

カトマンズのチャイ店のことを思い出すことができた。

すごくうれしかった。感動した。

おお。私、書きたい。と思った。

こうしてまた書き始める場所を自分でひらけたこと

本当に嬉しく思います!!

ここは、自分のための場所ですが、

あ。今日もいるな。

と、見かけるとなんとなく安心する人っていますよね。

そんなかんじの、今日もいつもの場所で

店番しながらなにかやってる

近所のクリーニング屋のおばちゃんみたいなかんじで

やってゆきたいと思います。

なんか、每日いっぱい書いちゃいそう!

この数年間、なにかに気を使って書くことができなかったので

最初すごく書いちゃいそう!でも、だれもみていないから大丈夫!